【イベントレポート】『2019 医療通訳シンポジウム in 川崎』(11/17開催) (詳細版:その3)
本ページは、上記の続きの詳細レポートです。
【トークショー 手話通訳者設置病院を増やすためには何が必要か?】
司会:吉田将明氏
シンポジスト:濱野亮子氏、山口龍子氏、小山内泰代氏、大杉豊氏
3つの講演を終えて、最後はいよいよシンポジウム参加者との質疑応答を交えながらのトークショーです。トークショーを開始する前に、シンポジストのひとりである大杉豊氏(ろう者、筑波技術大学教授)からは以下の1、2の共有、また、吉田司会からも3の申込時アンケート結果についての情報共有がありました。
1.「厚生労働省平成30年度障害者総合福祉推進事業 指定課題11」について
2.筑波技術大学における医療手話言語通訳育成カリキュラムの検討について
3.申込時アンケート結果について
『厚生労働省平成30年度障害者総合福祉推進事業 指定課題11』は、筑波技術大学が受託し、「専門分野における手話言語通訳者の育成カリキュラムを検討するためのニーズ調査研究事業」を実施するにあたり、平成30年度に筑波技術大学で実施された研究です。「医療」「教育」「司法」「外国人ろう者」の4分野に分かれ、それぞれの専門領域に該当するニーズ調査を行いました。
資料はこちら(web上では2つに分けて情報公開されております)
・専門分野における手話言語通訳者の育成カリキュラムを検討するためのニーズ調査研究事業成果報告書1.
https://www.tsukuba-tech.ac.jp/assets/files/research/project/h30seikahoukokusyo_1.pdf
・専門分野における手話言語通訳者の育成カリキュラムを検討するためのニーズ調査研究事業成果報告書2.
https://www.tsukuba-tech.ac.jp/assets/files/research/project/h30seikahoukokusyo_2.pdf
報告書では、
- 医療分野では、福祉予算での派遣(病院負担等)は48,175件。自己負担は1,303件と非常に少ない。
- 高等教育分野では、福祉派遣(学校負担)は284件、自己負担は1,423件と逆転する。
- 司法分野では、福祉派遣(裁判所負担)と自己負担派遣が同数程度。
と、他2分野と比較し、医療分野では福祉予算に突出して依存した派遣状況であることが浮き彫りになりました。
こういった状況を踏まえさらに、医療分野における体制面の課題として、
- 手話通訳者に対するコメディカルの意識が薄い(周囲の理解不足)
- 手話通訳派遣事業における組織的対応の限界
- ろう者のニーズ発信不足
などが挙げられており、その体制面の課題に対する対策としては、
- 短期:理解啓発促進と取組み好事例の共有
- 中期:機関内への手話通訳者やコーディネーター設置
- 長期:手話通訳者の地位向上(身分保障と労働条件の整備)
など、対策機関に応じた目標設定が提言されていました。
また、体制面だけでなく、医療分野における技術面の課題としては、
- 医療通訳ニーズの高度化(手話通訳者が医療知識についての研鑽を求められる)
- 医療通訳育成カリキュラムの未開発
などが挙がっており、技術面課題への対策として、体制面課題対策と同様に
- 短期:手話通訳者の現任研修の強化
- 中期:医療通訳の制度化(カリキュラム開発とその運用について、入り口と出口を明確にする)
- 長期:手話通訳者側が網羅するべき医療分野の学習内容の明確化
が必要だとされています。
大杉氏からは、特に、今後の育成カリキュラムを考えるうえで、身分保障の問題(病院内設置手話通訳者のほとんどが非常勤での雇用である)に取り組むことが急務だと仰っていました。
この事業成果報告書をもとに、医療分野では、今年度から、今回の医療通訳シンポジウムの開催を始めとする各種学会の開催、また、筑波技術大学における医療手話言語通訳育成プログラムの検討が行われています。
筑波技術大学ではもともと、
①聴覚障害のある学生と教員が多く在籍する。
②手話通訳をテーマに研究する教員が複数いる。
③医療センターがあり、医療専門家が多く在籍する。
という背景を踏まえ、共に研究ができる環境が整っていることから、大杉氏を中心に体制面・技術面の課題解決に繋がるようなプログラムを検討中とのことです。
また、申込時アンケートでは、『手話通訳設置病院を増やすためには何が必要か?』について申込希望者の皆様にご回答いただきました。
その結果は、環境整備など医療機関に関連するものが25%、制度や研修の整備など手話通訳に関連するものが21.3%、当事者団体の要望や他団体との交渉、啓発活動など聴覚障害者当事者に関連するものが13.3%という結果となり、助成金や設置費用負担等など行政に関連するものはわずか7%でした。
上記を踏まえてはじまったトークショーでは、
- 当事者(ろう者)目線での意見や質問
- 提供者(医師など医療関係者)目線での意見や質問
- 現状判明しているデータについて
などについての様々な意見交換がなされました。
1.当事者目線での質問
「手話通訳時に言語以外(ピクトグラムなど)で可視化する方法についてはどう考えているか?」
「日本手話と対応手話の使い分けはどのように行っているのか?」
など現状の利用で改善点だと感じていることを中心に質問が挙がりました。
こういった質問に対し、濱野・山口両氏からは、
- イラスト等で可視化することは非常に有用だと思っている
- 手話の使い分けについては対象者、相手に合わせている。音声と合わせた手話、口型を付ければそのように、日本手話か、鹿児島の手話か、高齢者なのか、離島の方かなど相手の背景に合わせることが通訳として必要だと感じている。
との答えがありました。
また、小山内氏からは医療通訳としての立場の意見として、
「同じようなもどかしさを感じるシーンはある。ただそれは、外国語でも、あるいは聴者同士でも同じことがあるかもしれない。なので、そこは医療者側からみた緊急性について優先順位をつけつつどう患者側の要望に応えるか、ということになってくるかと思う」
などの意見をいただくことができました。
「通訳時の意思疎通の確度を高めるため、ろう者にろう通訳者をつけてほしいと思うがどうか?」
という質問に対しては、大杉氏より、
「海外ではそのような(ろう者にろう通訳のほうが意思疎通の確度が高い)ということがあるという研究がある。なので、ろう者の立場を守るために、ろう者がろう通訳として、あるいは他の医療資格を持つろう者が同行する、ということがある。昨年の日本の研究ではそこまでの調査ができなかった。NPO法人手話教師センターでろう通訳者の養成派遣を進めているため、今後何らかの動きはあると思う」との回答がありました。
「末期に通訳者はどの程度立ち会うのか?」
という誰しもが避けて通れないその時期についての介入には、
「個人的には終末期こそ、緩和ケア病棟や療養型病棟を持った病院こそ、どんな契約形態でも良いので聞こえない方に寄り添い、手話通訳の設置をしてほしい」
という山口氏からの意見だけではなく、
「手話通訳は福祉として採用されているので、通訳として介入した方への末期癌宣告やお看取り間際のやりとりなどに立ち会う場面において、自身のグリーフケアや患者さんの死に対する教育を受けていない。そういった場面に立ち会うことでダメージを受けて立ち直れなかったりすることもあったり、正反対の通訳(10Fで末期宣告の通訳、7Fで状態改善の通訳)を短時間でこなすための気持ちの切り替えも大変だった。自分自身のメンタルケアが大変だったという想いが今振り返るとある」
という手話通訳者側としての視点に立っての濱野氏からの意見も聞くことができました。
2.提供者目線での質問
「失語だけでなく、失手話となった脳梗塞後遺症を抱える方にどう対応すればよいか?」
「家族が手話通訳を務めた場合に、ホームサインが多すぎてこちらが混乱することがある。その場合はどうしたらよいか?」
「通訳過誤によって損害賠償責任が発生したときのチェック体制はどこまでが個人の義務の範疇か?」
「医療分野の手話通訳を勉強するにあたって、現状のカリキュラムではこういうことが足りなかったということがあれば知りたい」
「今後手話通訳者が、診療報酬上で報酬を得られるような法制化に繋がる可能性はあるのか?」
と、実際の臨床場面での課題だけではなく、通訳整備体制に向けた今後の動向についての情報が少しでも多く欲しい、という意見が目立ちました。
こういった質問に対しては、濱野氏、山口氏、小山内氏それぞれから、
「現場の医療職と連携を取りながら、たとえば言語聴覚士と相談してイラストカードを作成したことがある」
「会話内容の確認のために割り込むことはある。診察場面では医師と当事者(患者)の意思疎通が大事なので、その意思疎通に支障が出ていると感じたなら、意思確認のために間に入っても良いのではないだろうか」
「外国語の医療通訳の場面では家族通訳は認めていない。どうしてもやりたいという希望がある場合は、①病院として通訳内容には責任は持たない、自己責任で、という同意書をもらう。かつ②医療通訳が入って家族と当事者で何を話しているのか医師にすべてを伝える体制を整えている」
などのお話しをいただきましたが、手話通訳者そのもののカリキュラムへの助言や診療報酬上のことについてはまだまだこれから整備することも多いため、ご来場いただいた議員のみなさまから助言をいただく場面もありました。
ですが、データについての質問では、濱野・山口・大杉氏のいずれも、手話通訳者の身分保障がなされていないことにより、介入した総数等の量的データはあっても内容についての質的データがないことがやはりネックとなっている、との見解が提示されました。
そのため、「まず、現在全国各地で手話通訳者は養成されており、医療現場に派遣されている。が、今できることとしては、その実績を把握し、そして派遣した結果の報告をどう活かすかを検証・検討していくこと。また、大学のカリキュラム検討は開始したばかりだが、通訳者の仕事とは別に研修時間を設けるのは現実的ではないと考えている。そのため、もう少し先の将来を見据えて、①どのような形でカリキュラムを実施するのか(eラーニング利用等)、②個人としてのキャリアをどう紐づけるのか、③組織内での役割をどう位置づけるのかを整理しながら総合的に検討していかなければならないと思っている」
との大杉氏からの言葉でトークショーは終幕を迎えました。