2025年6月、NPO法人インフォメーションギャップバスターは、W3C(*1)が策定を進めているWCAG 3.0(*2)の作業草案に対し、手話と字幕に関する要件を、より明確に位置づけることを求める意見をGitHub(*3)から提出しました(Issue #325)。
それから1年余り。W3Cは2026年3月、さらに9月にWCAG 3.0の作業草案を更新しました。最新の2026年9月10日版では、「Sign language(手話)」が独立したガイドラインとして設けられています。
もちろん、これは当法人の要望によって変更されたと断定できるものではありません。Issue #325も現在まだOpenの状態です。
そのうえで、2025年に私たちが要望した内容と、現在の草案の方向性には、いくつか重なる部分が見えてきました。今回は、この1年余りで何が変わったのかを整理してご報告します。

GitHub:Clarifying and Enhancing Requirements for Sign Language and Subtitles in WCAG 3.0 #325
前回記事:W3CのWCAG 3.0作業草案に対する手話・字幕要件の強化を要望
(*1)W3C(World Wide Web Consortium)は、Web技術の国際的な標準を策定している団体です。
(*2)WCAG(Web Content Accessibility Guidelines)は、Webコンテンツをアクセシブルにするための国際的なガイドラインです。現在、WCAG 3.0はまだ作業草案の段階です。
(*3)GitHubは、ソフトウェアや文書の共同開発・管理などに使われるプラットフォームです。W3CのWCAG 3の検討でも、意見交換や課題管理に利用されています。
1.WCAG 3.0の現在地――2026年9月時点
最新のWCAG 3.0作業草案は、2026年9月10日に公開されました。その前には2026年3月にも作業草案が公開されています。
ただし、WCAG 3.0はまだ完成した標準ではありません。
W3Cは、完成までにはなお数年かかる見込みであり、現在の草案にあるガイドラインや要件についても、今後、修正・追加・統合・削除される可能性があると説明しています。
また、WCAG 3が完成しても、すぐにWCAG 2に置き換わるわけではありません。W3Cは、WCAG 3の完成後も数年間はWCAG 2を廃止しない方針を示しており、現時点ではWCAG 2.2への対応を進めることを推奨しています。
「適合」の考え方も大きく変わっています
2025年当時に検討されていたBronze、Silver、Goldをそのまま「適合レベル」とする仕組みから、現在は考え方が変わっています。
2026年9月草案では、項目は主に次の4種類に分けられています。
- Core requirements(コア要件):WCAG 3に適合するために満たす必要がある要件
- Supplemental requirements(補足要件):コア要件を超えて、さらにアクセシビリティを高めるための要件
- Assertions(アサーション):組織として行っている方針や活動を、根拠とともに表明するもの
- Recommended practices(推奨事項):適合には必須ではないものの、実施が推奨されるもの
コア要件にはさらに、「Physical harm(身体的危害)」「Risk(リスク)」「Barrier(障壁)」「Friction(利用上の負担)」というタグが付けられています。
報告上はTier 1からTier 6までの段階が提案されており、Tier 3がWCAG 3への「適合」に相当します。
| Tier | 現在の草案での位置づけ |
|---|---|
| Tier 1 | Physical harmとRiskのタグが付いたコア要件を満たす |
| Tier 2 | さらにBarrierのタグが付いたコア要件を満たす |
| Tier 3 | すべてのコア要件を満たす=WCAG 3への適合 |
| Tier 4 | Bronze コア要件に加えて、一定数の補足要件などを満たす |
| Tier 5 | Silver さらに多くの補足要件などを満たす |
| Tier 6 | Gold さらに組織レベルのアサーションなどを含む |
つまり、Bronze・Silver・Goldという名称自体がなくなったわけではありません。「適合レベル」ではなく、適合した後の達成状況を示す報告上の段階として位置づけられています。
なお、この適合・報告モデルそのものがまだ検討中です。W3Cも、この部分について特に意見を求めています。今後、大きく変わる可能性があります。
2.「Sign language(手話)」が独立したガイドラインに
この1年余りで特に注目したいのが、手話の位置づけです。
2025年9月に公開されたWCAG 3.0作業草案には、現在のような独立した「Sign language」ガイドラインはありませんでした。
2026年3月版になると、「Media alternatives」の中に、事前収録コンテンツやライブコンテンツに対する手話の項目が登場しました。
そして2026年9月版では、これらが整理され、
Guideline 2.1.7 Sign language
という独立したガイドラインになっています。
ガイドラインには、次のように書かれています。
Users have equivalent sign language interpretation for audio content.
「利用者が、音声コンテンツと同等の内容を手話で得られること」という趣旨です。
その下には、現在3つの項目があります。
| 項目 | 区分 | 内容 |
|---|---|---|
| Sign language available (prerecorded) | 補足要件 | 事前収録された音声コンテンツについて、対象となる視聴者や地域に最も適切な手話による表現を提供する |
| Sign language controllable | 補足要件 | 手話表示のオン・オフを切り替えられる仕組みを設ける。ただし、映像に手話が組み込まれている場合や手話版を別動画として提供している場合などは除く |
| Sign language policy (live) | アサーション | ライブのイベントや会議で手話を提供するための組織方針を持ち、依頼方法や申込期限などを公開する |
3項目はいずれも現在「Developing(開発中)」です。
また、事前収録の手話提供や表示制御については、Support Materialにテスト手順が用意され、ACT Rulesの案も作られています。ACT Rulesとは、自動検証だけではなく、半自動・手動も含め、アクセシビリティ要件を一貫した方法で確認するためのテストルールです。
W3C:Sign language(WCAG 3 Support Material)
3.字幕は16項目に整理されました
字幕(Captions)についても、大きく内容が増えています。
2025年9月版では字幕関連の項目は7つでしたが、2026年9月版では16項目に整理されています。
ここでいう「Captions」は、会話の文字化だけではありません。誰が話しているのか、どんな音が鳴っているのかといった、内容を理解するために必要な音声情報も含む概念です。この記事では便宜上「字幕」と表記します。
たとえば、次のような項目があります。
- Captions equivalent (prerecorded):事前収録コンテンツの字幕が音声と同等の情報を伝える
- Captions synchronized:字幕と音声が適切に同期している
- Speakers identified in captions:誰が話しているのか分かるようにする
- Sounds identified in captions:理解に必要な音の情報を字幕で伝える
- Speaker language identified in captions:話者が使っている言語を識別できるようにする
- Caption language adjustable:複数言語の字幕が用意されている場合に、利用者が言語を切り替えられるようにする
- Captions adjustable:字幕の表示を調整できるようにする
- Captions unobstructed:字幕が他の要素に隠されないようにする
- Captions style guide:組織として字幕のスタイルガイドを定める
- Captions usability testing:字幕について利用者によるユーザビリティテストを行う
- Captions reviewed by content authors:コンテンツ制作者が字幕を確認する
「字幕が付いているかどうか」だけでなく、字幕の正確さ、同期、話者や音の情報、表示方法、組織としての品質管理まで含めて考える方向に広がっていることが分かります。
4.2025年に提出した要望と、現在の草案を比べると
2025年6月、当法人はGitHub Issue #325で5つの提案を行いました。
Issue #325は現在もOpenであり、W3Cから「この要望を採用した」と回答があったわけではありません。したがって、ここでは当法人の要望が直接反映されたという意味ではなく、「要望した内容と現在の草案が重なっているところ、まだ重なっていないところ」として整理します。
重なってきた部分
① 手話と字幕を、それぞれ明確に位置づけること
2026年9月草案では、「Sign language」が字幕とは別の独立したガイドラインになりました。
2025年に要望した「手話を独立して明確に位置づけてほしい」という趣旨と、現在の構造には重なる部分があります。
② 補足要件として位置づけること
事前収録コンテンツの手話提供と手話表示の制御は、現在どちらもSupplemental requirement(補足要件)になっています。
一方、ライブの手話はSupplemental requirementではなく、Assertion(アサーション)として位置づけられています。
そのため、この点は要望と「一部重なっている」と見るのが適切です。
④ 言語の違いを考慮すること
事前収録コンテンツの手話については、
「対象となる視聴者や地域にとって最も適切な主要な手話」
を提供することが求められています。
日本手話、アメリカ手話など、手話が世界共通の一つの言語ではなく、地域やコミュニティによって異なることを前提とした書き方になっています。
字幕についても「Caption language adjustable」が設けられています。
ただし、これは複数言語の字幕を必ず作ることを要求するものではなく、複数言語が用意されている場合に、利用者が切り替えられることを求める項目です。
⑤ 字幕の品質に関する仕組み
字幕については、話者の識別、音の情報、スタイルガイド、利用者によるテスト、制作者によるレビューなど、品質に関わる項目が数多く設けられました。
2025年に要望した内容の中でも、現在の草案との重なりが比較的大きい部分です。
まだ十分に重なっていない部分
③ 「適合」の仕組みへの位置づけ
2025年には、当時検討されていたBronze・Silver・Goldの仕組みの中に、手話や字幕を適切に位置づけるよう求めました。
しかし現在は、適合モデルそのものが変更されています。
現在の草案では、すべてのコア要件を満たすTier 3が「WCAG 3への適合」です。
一方、事前収録の手話提供と手話表示の制御は補足要件、ライブの手話はアサーションです。
したがって、現行草案の仕組みでは、手話に関するこれらの項目を満たしていなくても、すべてのコア要件を満たせばWCAG 3に適合することができます。
WCAG 2.2では、事前収録コンテンツへの手話提供は達成基準1.2.6としてLevel AAAに位置づけられています。WCAG 3ではA・AA・AAAとは異なる仕組みになるため単純比較はできませんが、現在はSupplemental requirementという別の枠組みに置かれています。
当法人が求めている、手話を基本的な情報アクセスの手段の一つとして位置づけることという観点からは、引き続き検討を求めたい部分です。
「手話通訳」と「手話翻訳」の区別
現在の草案では、主に sign language interpretation という言葉が使われています。
用語集ではこれを、
「ある言語、一般には音声言語を、手話へtranslationすること」
という趣旨で定義しています。
つまり現在の文書では、ライブで行われる「手話通訳」と、事前収録された動画などを時間をかけて手話に置き換える「手話翻訳」が、明確に別の概念として整理されているわけではありません。
特に、何度も視聴される動画コンテンツでは、単にリアルタイムの通訳を録画する方法だけでなく、内容を十分に確認したうえで正確で自然な手話表現に翻訳するという考え方も重要です。
この違いをどのようにWCAG 3で扱うかは、引き続き提案していきたいと考えています。
手話の「品質」に関する要件
字幕には、スタイルガイド、ユーザビリティテスト、制作者によるレビューなど、品質を支える仕組みが設けられています。
一方、「Sign language」ガイドラインには、現時点で同様の項目はありません。
Support Materialの「User needs(利用者のニーズ)」についても、現在はまだ「This content needs to be written.」とされており、内容が整備されていません。
手話についても、「付いているかどうか」だけではなく、正確さ、分かりやすさ、使用する手話の適切さ、利用者による評価など、品質をどのように担保するかという視点が必要だと考えています。
ライブでの手話提供
ライブイベントや会議については、現在、コンテンツそのものに手話を必須とする要件ではありません。
「手話を提供するための組織方針を持っていること」を示すアサーションとして位置づけられています。
方針には、手話を依頼する方法や申込期限などを公開することも含まれています。
5.今後について
WCAG 3.0は、まだ作業草案です。
W3C自身も、最終的な要件は現在の草案とは異なるものになると説明しています。現在ある項目が修正されたり、統合されたり、削除されたり、新しい項目が追加されたりする可能性があります。
当法人としては、特に次の2点について、引き続き意見を届けていきたいと考えています。
- 手話通訳と手話翻訳を区別して記述すること
- 手話についても、字幕と同様に品質を考えるための要件を設けること
W3Cは現在、WCAG 3の適合モデルについても広く意見を求めています。
手話を第一言語とするろう者にとって、音声情報にアクセスするために何が必要なのか。単に「手話がある」というだけではなく、どの手話で、どのような品質で提供される必要があるのか。
こうした視点を、WCAG 3がまだ検討段階にある今のうちに伝えていくことが重要だと考えています。
今後もWCAG 3.0の動向を確認しながら、必要に応じて意見を届けてまいります。
参考情報
W3C Accessibility Guidelines (WCAG) 3.0 — 10 September 2026 Working Draft
WCAG 3 Support Material:Sign language
GitHub Issue #325:Clarifying and Enhancing Requirements for Sign Language and Subtitles in WCAG 3.0
※WCAG 3.0は作業草案であり、内容は今後変更される可能性があります。本記事は2026年9月19日時点で公開されているW3Cの資料をもとにしています。
寄付する